『春になったら苺を摘みに』
梨木香歩さんのエッセイを初めて読む。
著者がイギリスに滞在した際の下宿先の家主さんであるウェスト夫人との交流を中心に、同じ下宿先に暮らす各国からの留学生や近所の人々との係わり合い、イギリスの田舎での暮らしや風景・気候、プリンス・エドワード島やトロントやニューヨークへの旅行・滞在時に係わった人々への感情などを綴っている。
梨木さんとウェスト夫人との関係は、あの 『村田エフェンディ滞土録』
の登場人物達、日本人留学生の村田と村田の下宿先の主人ディクソン夫人との関係を見ているようだ。
一つはフィクションであり、もうひとつはエッセイであるが、両方を読んでいる者は、この2作品にはっきりとした照応を見いだすことになる。
実在の人物と物語中の人物。
静寂だが確固とした知性が滲み出す梨木さんと村田。
文化・価値観の違う人間を理解できないとしながらも、愛情を持ってその存在を受け入れるウェスト夫人とディクソン夫人。
なるほど、『村田エフェンディ滞土録』 という物語は、このような著者によって描かれたのだと納得する。
作家として、ヒトとしての豊かな経験とそれに裏打ちされた教養。
このエッセイ、梨木さんの人となりが文章に沁み出ている。彼女の精神の清冽さ、異人・異文化に対する寛容さ、彼女の心中に存在する時間と空間の豊穣さが垣間見える。
どうやら私は、当分、梨木さんの描く物語やエッセイを必要としそうだ。
【これまでに読んだ梨木香歩作品】