『ハマースミスのうじ虫』
- The Hammersmith Maggot (1955)
- 『ハマースミスのうじ虫』 ウィリアム モール/著、 霧島義明/訳、 創元推理文庫(2006)
この作品、長らく復刊が待たれていた名作とのこと。
ワイン商を営み、裕福なアッパーミドル階級に属しているキャソン・デューカーという男が主人公。この主人公の趣味が変わっている。奇妙な人間を観察し、その心理を推測することという・・・。
そのキャソンがある夜、堅物の銀行家から、事実無根のコトで強請られたという話を聞く。その話に興味を覚えたキャソンは、強請の犯人である謎の男バゴットを探し出し、接近し、顔見知りとなって行く・・・。
物語中段では、犯人と主人公キャソン、この二人の男のそれぞれに異なる欲望が描かれ、クライマックスでは、キャソンが犯人に対して仕掛ける様々な心理戦が展開される。そして、ラスト・・・
この作品、この時代に書かれたミステリ小説にありがちなアクロバティックなプロットではなかった。しかし、二人の男の心理的な駆け引きに関する描き方が、緊張感溢れるプロットを構築していて、私にとってはそんなところが凄く好ましく、面白かった。
そして、作品に通流している雰囲気=英国伝統のノブレス・オブリージュ的な気配も良かった。
キャソン・デューカーにとっては、犯人を追い詰め、捕らえたからといって物理的な利益は何も生じない。しかし、卑劣な輩は許しておけない。
イギリス冒険小説の底流に常に存在する、“フェアプレイ精神の尊重”、“ヒューマニズム”、“いい歳した男の少年っぽさ”、といった、古くさくも何故か憧れる世界がこの小説にも垣間見えた。
巻末の解説では、この「イギリス魂」について、結構なページを割いて論じられている。