『血と暴力の国』 | 本だけ読んで暮らせたら

『血と暴力の国』

No Country for Old Men (2005)

『血と暴力の国』  コーマック・マッカーシー/著、 黒原敏行/訳、 扶桑社ミステリー(2007)





『国境三部作』 以来のコーマック・マッカーシーの新作だそうだ。


クライム?、ノワール? よく判らんがすごい作品だ。


作者マッカーシーは、自然の情景や人々が暮らす環境については詳しく描写する。しかし、人物の心理描写を極力行わない。登場人物たちの感情をできるだけ排した形で物語を表す。この作品では、ただ一人、老保安官の心情だけが描かれる。この老保安官だけは、各シーンの冒頭でモノローグとして彼の心情が語られる。それ以外の人物については一切、心理状況が直接描かれることは無い。行動と言葉だけで登場人物たちの“人となり”が表される。


老保安官と対を成す形で描かれるのが、人を殺すことに全く動じない、絶対悪とか純粋悪とかいったものを具現化したシュガーというキャラクターである。

シュガーは、麻薬取引のための大金を盗んだ男をどこまでも追いかける。目的を遂行する過程で邪魔となるものは問答無用で排除する。シュガーが何故そのような存在となったのか、一切の説明は無い。


シュガーは何者をも信じない。神も信じない。シュガーの行動に理由はない。自身に課したルールのみが存在する。そのルールには一切の例外がない。シュガーの存在は、マグニチュード9の巨大地震や、破局的噴火を起こす火山、はたまたカテゴリー5のハリケーンのような存在である。ヒトの制御の外にある存在。

作中、作者がシュガーに吐かせるセリフには、どこか哲学的、運命論的な内容を含むことがある。自然の掟、宇宙の摂理に関わるようなことを述べている様でもあり、ドキッとさせるものがある。


シュガー。奴は読者に強烈なインパクトを与える。その存在は他を圧倒している。シュガー以外の人物は、奴の強力な照射によって霞んで溶けてしまう。主人公の老保安官の存在など、年月の経過と共に私の記憶の中からは消失するに違いない。

“マッカーシーのクライム・ノベル=シュガー”という図式で記憶に残るのだろう。