『双生児』 | 本だけ読んで暮らせたら

『双生児』

THE SEPARATION (2002)

『双生児』 クリストファー・プリースト/著  古沢嘉通/訳  早川書房(2007)  


評判のクリストファー・プリーストを初めて読んだ。



物語は複数の人物たちの回想や歴史文章からの引用という形で進行する。なかでも主要な語り手は一卵性双生児ジャックとジョーのソウヤー兄弟である。


物語の第1部は1999年が舞台。歴史書の作家グラットンによる自著本の販売促進サイン会の会場の場面からはじまる。グラットンを訪ねてアンジェラ・チッパートンという女性が訪ねてくる。彼女の亡父は、第二次世界大戦中、イギリス空軍爆撃司令部に所属していたソウヤーという名前のパイロットだったという。彼女の父が生前に記したノートが、グラットンの探しているものではないかと言うのだ・・・。

この時、グラットンは第二次世界大戦中のイギリス首相チャーチルの回顧録を思い出していた。チャーチルは戦時中、赤十字で働くソウヤーという名の良心的兵役拒否者と会っている・・・。

空軍パイロットであり、良心的兵役拒否者でもあるJ・L・ソウヤーなる人物とは・・・?


ん~、つかみはOKだ。


この、わずか30ページの第1部に続いて、物語の第2部はソウヤー空軍大尉が書いた手記へと変わる・・・。

ジャック・ソウヤーはオックスフォード大学在籍中、ヨーロッパにナチスが台頭していた頃に開催されたベルリンオリンピックにボート競技の選手として双子の兄弟ジョーと供に参加する。オリンピックで銅メダルを獲得した二人。その祝勝会場でジャックはナチス副総統ルドルフ・ヘスと遭遇し、一方、ジョーはユダヤ人少女のドイツ脱出の手筈を整えている・・・。

オリンピック後、イギリスに帰国したソウヤー兄弟の進む道は分かれて行く。ジョーはユダヤ人少女と結婚し、ジャックは空軍パイロットの道を歩き始める。


第2部終了までで221ページ。非常に読みやすく、ここまでは一気に読み進んだ。


第3部の舞台は再び1999年。歴史作家グラットンがソウヤーに関する調査を行っている場面に移る。

第4部は、グラットンの調査の過程で、その存在が明らかとなったサミュエル・レヴィなる人物の手記へと移る。サム・レヴィは戦時中、ソウヤー空軍大尉の部下であった・・・。


この3章、4章を読んだ私の頭の中は少しモヤモヤしている。ジャック・ソウヤーとサム・レヴィ、それぞれの手記では同じ状況を語っているにも拘らず、言っていることが違う箇所があるのでは??と思う・・・。

私の勘違いなのか・・・? そのまま5章へと突入する。


265ページから最終497ページまでの第5章の語り手は良心的兵役拒否者ジョー・ソウヤーである。

この物語全体を通して最も核心的で錯綜した最終章である。

ジョー・ソウヤーの語る戦時中の出来事は、現実と夢想が錯綜している。ドイツ軍によるロンドン大空襲のさなか、自分の運転する救急車が爆撃を受け、その際に一時的に記憶を失ったジョー・ソウヤーであったが、その後回復し、職務にも復帰する。が、ある時点で自らの体験がデジャ・ヴだと気付く。

このデジャ・ヴを何度か経験しながら、現実のジョーは赤十字職員として、イギリスとドイツとの間で結ばれる決定的な条約の締結場面に向かって行く・・・。



なんだ!この物語は!!

文章はすらすら読めるのに、どうも良く判らない? 読んでいて何かおかしい?、どこか変だ?、同じ出来事のことを云っているのに、以前別の登場人物が回想していた内容と微妙に違っている? 

ジャック・ソウヤーとサム・レヴィ。 あるいはジャックとジョー。同じ場面・状況なのに、それぞれの語り手(回想者)によって話の内容が微妙に違う・・・。

さらに、作中の歴史は、我々読者が知る歴史事実とは異なっている???

米中戦争?? チャーチルの影武者?? ナチス副総統ヘスの暗躍?? なんだ、そりゃ!?


たぶん私はこの物語の展開をキチンと理解できていない?・・・。そういう感覚に捉われたまま読み続けることになった。

どこかで、おそらくはクライマックスで、この物語中の登場人物の誰かが、たぶん歴史作家のグラットンが、全てを明らかにしてくれる・・・・・はず。そう思っていたが、結局最期まで、何がどうなっているのかがはっきりしないままラストを迎えた。読み終わった直後、私の脳内はホワイトアウト状態にあった。


原題(separation)どおり、作中の登場人物たちの語る話はセパレートする。それも幾筋にも。。。

しかも、作中の人物達が語る話は分岐する過程で少しずつ内容が変質して行くのである。そして、その少しずつの変質が累積した結果、物語の結末は幾通りにも解釈できてしまう・・・。また、物語中の歴史は我々読者が知るリアル世界の歴史とは大きく異なってくる・・・。

メタ・ストーリーなのに、その“メタさ”を把握する登場人物は一人も登場しない。当初、この物語を俯瞰する立場にあると(私が勝手に)思っていた登場人物の一人=歴史作家グラットンでさえも、このメタな物語のほんの一部を担っているに過ぎなかったのである。


この物語全体の展開や状況を把握し理解するのは、ひとえに読者の想像力と創造力に委ねられている。

一筋縄ではいかない・・・、手強いゼ。 そんでもって・・・面白いゼ。



(なお、私は、巻末の大森氏による「解説」を読むまで、この物語の全容を理解することができなかった・・・)