『チャイルド44』 | 本だけ読んで暮らせたら

『チャイルド44』

CHILD44 (2008)
 
『チャイルド44』    トム・ロブ・スミス/著、 田口俊樹/訳、 新潮文庫(2008)


上下巻750ページを平日の2日で読んじまった。おかげで寝不足になった。


様々な苦境のもと、少年少女の連続殺人事件を追う捜査官レオ・デミトフの物語。


物語の舞台は、1933年から1953年までのスターリン統治の抑圧政策下にあったソビエト。

スターリン時代のソビエトとは、その後幾多の書記長による独裁政権下にも増して人民が虐殺された時代といわれる。世界大戦後、ユートピアである理想的な共産主義国家を構築する過程では、人々の言動はすべて国家によって統制され、国家を維持・発展させるのに支障となる人間はすべて逮捕、拘置、抑留、処刑される。国家に支障となるか否か、有益であるかそうでないか、その人物の価値を決定するのは上司である。上司は更にその上の上司に評価を下される。結局、国の一番の権力者であるボルシェヴキ書記長スターリンをトップとしたヒエラルキーによる恐怖政治がまかり通っていた時代である。

そのヒエラルキーを維持する統制機構の一つであり、その中でもかなりの巨大権力を持つ国家保安省(のちのKGB)。この物語の主人公レオ・デミトフは、世界大戦の英雄であり、国家保安省の敏腕捜査官(エリート中のエリート)である。


物語の前半、上巻のかなりのページ数をかけて、この時代のソビエトとそこに生きる人々などの物語背景を、そして捜査官レオ・デミトフと彼の周辺の人物たちの造形を、さらに幾つかの重要なサブプロットを、細密に描写する。

例えば、次のようなこと・・・。


■戦争前、戦時中、劣悪な環境下(飢餓状態)にあったソビエト人民の状況と、その状況下で起きた幾つかのエピソード

■共産党政権にとっての敵を、感情を押し殺して冷徹に追い詰める主人公レオが、自らの職務を正当化する際の理屈付け

■レオの妻ライーサの現実主義的打算

■レオの両親の善い悪いを超越した人間性

■レオの部下で、姦計によってレオを窮地に陥れるワシーリーという男の複雑な心情

■スターリン統治時代のソビエトにおける一般的な人々の感情(諦めと事なかれ主義)


物語の後半部。

部下の罠によって左遷された地では、主人公レオが認めざるを得ない現実が待ち受けている。それは・・・、レオ自身と妻ライーサのお互いに対する真実の気持ち。この二人の鬱積した感情の吐露と、それを受容する(受容せざるを得ない)場面の描写は見事の一言に尽きる。人間の複雑な感情を描く様は、まさに一流のプロの作家の仕事である。


そして、物語の縦糸となっている少年・少女の連続殺人事件に対するレオの行動が始まる。

かつてレオが轢死事故として処理した少年の死亡事件。森の中で発見された少女の惨殺死体。レオ自身が発見した少年の惨殺死体。それらに見られる共通事項が示すもの・・・・・少年少女を狙った連続殺人事件の存在。それにレオは気付く・・・。

だが、理想的な人民の国であるソビエトにおいて、連続殺人事件などあり得ようもない。その存在を認めれば、国家存続の根底が崩れる。ゆえに、共産主義によるユートピア国家ソビエト連邦において、連続殺人などという存在は認められない。

それぞれの殺人事件は個別の事件として既に犯人まで特定され(でっちあげられ)、逮捕・送検され、刑まで確定・執行されている。その結果に対する反意を示すことは、刑事・司法システムを、つまりは国家を否定することになる・・・。

(↑ この状況設定が見事)


物語の後半でレオの言動を支配することになる様々な影響因子を、前半部で重層かつ緻密に描いたことが、この小説を成功に導いている。


クライマックスは展開が加速する。

アクションシーンが連続する。サブ・プロットがメイン・プロットにリンクする。そして・・・、メビウスの環が完成する。


骨太の一作。評判になっただけのことはある。お薦めです。