『破天 インド仏教徒の頂点に立つ日本人』 | 本だけ読んで暮らせたら

『破天 インド仏教徒の頂点に立つ日本人』


『破天  インド仏教徒の頂点に立つ日本人』   山際素男/著、 光文社新書(2008)

全590ページ、しかも2段組。 こんなノンフィクション新書はじめて読んだ。

インド仏教の頂点に立つ日本人:佐々井秀嶺(ササイ シュウレイ)の半生記である。


本書のサブタイトルが本屋で目に付き、手に取ってパラパラめくって少し読んでみたら、そのまま1時間があっという間に過ぎていた。面白すぎて、全篇を読まないわけにはいかなくなった。だが、立ち読みで読破できるほど薄っぺらな本ではなかったので購入した。


スゴイ人間がいるものだ。しかも、それが日本人だというのだから・・・。

この本を読むまで、私、恥ずかしながら、佐々井秀嶺なる人をまったく知らなかった・・・。



1998年5月にインド政府が、地下核実験を成功させたと発表した。そのおよそ1ヵ月後。デリーのインド国会議事堂に向けて数千人の仏教徒を引き連れてデモ行進する仏僧の次の言葉から、本書は幕を開ける。


(以下、本書からの引用)

「おー、大馬鹿者のバジパイ首相よ、出て来い!汝らは仏陀誕生の日に地下核実験をやってのけた。汝ら亡国の輩よ、汝らは仏陀とダンマ(理法)の国をその穢れた足で踏みにじった。何という悪魔の仕業だ。仏陀はその愚かさを嗤っておるぞ。その声が聞こえぬか!」

「おお首相よ、ここに現われ、仏陀の嗤いに答えてみよ。 私の生まれは日本である。そして、原爆体験をした唯一の民族、日本人の怒りの血が燃えたぎっている。

・・・(中略)・・・。

私に腹が立ったら、この場で撃ち殺すがいい。何十万もの人間を一度に殺す気でいる汝に私一人を殺すことなどわけもないであろう。

さあ、殺すがいい。私は仏陀と共に嗤ってやろう。この大馬鹿者の恥知らずめがと。」

(引用ここまで)


国会議事堂前に集まった野次馬も、警備の警官達も、誰も一言も発せず、この仏僧の言葉に聞き入っている。

30分以上もアジテーションを続けた仏僧の前に2台のジープが接近し、車から降りた国会警備隊幹部は彼に丁寧に言ったのである。(以下、引用) 「どうぞ、あちらの車にお乗り下さい。大統領官邸、国会議事堂にご案内いたします。」 と。



仏教の発祥の国でありながら、国内では1500年もの間ほとんど顧みられることのなかったインドの仏教。

圧倒的多数のヒンデゥー教徒やイスラム教徒の中にあって超少数派の仏教徒。

何よりも、カースト制の最下層にさえも数えられない「不可触民」と云われる人々と仏教徒は重なっていた。

インドという超大国の首相でさえ、大統領でさえ、知らぬものはいないと云われる仏僧、佐々井秀嶺。彼の、40年間の、不可触民の解放と仏教の復興を目的とした命懸の運動の物語。

この佐々井という坊さん、あまりにもブッ飛んだ人物で、こういうヒトは本人も知らないうちにトンデモないエピソードや他人を自然と引き寄せてしまうんだろうナ。一つひとつのエピソードが物凄くて、読んでいるコチラとしてはいちいち鳥肌が立つほど揺さぶられる。


私自身にもチョットした目から鱗ゴトがあった。

佐々井が云うところの、佐々井が実践するところの仏教とは、そんじょそこらの宗教ではない。哲学であり、生き方のルールであり、自分を律する規範である。この坊さん、相当カッコイイ。

宗教アレルギーの私の眼がほんの少し啓かれた。


少々早いが、私にとっての2008年ベスト本はこれに決まった。

お薦めです。




【追 記】

元々この本は2000年に単行本で出版されていたもののようなので、当然のことながら2000年くらいまでのことしか記されていない。その後の、現在の佐々井の様子が知りたい。著者もかなりの高齢のようだが、是非、この続編を書いてもらいたい。