『真剣』 | 本だけ読んで暮らせたら

『真剣』




『真剣―新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱』   海道 龍一朗/著、 新潮文庫(2005年)


久しぶりに読んだ時代小説。

噂に違わぬ超オモシロ・エンターテインメント小説だった。


時代小説、そのなかでも武士を描く物語には比較的駄作が少ない。・・・ような気がする。

独特の世界、身分や武士道などといった制約された条件の中で、魅力あるプロットや人物たちを描かなければならない作家達の技量には相応のレベルのものが必要とされる。だから大抵の時代小説は面白い。もっとも、この作品は面白いどころか傑作だ。


物語は戦国乱世の頃。

主人公は上総( “かずさ”と読みます。今の群馬県ね)の小国、大胡(おおご)の領主の次男として生まれた。幾度か名前を変えているが、最終的には、上泉伊勢守信綱。兵法者。上州地方の小国の武将。新陰流の創始者。後に「剣聖」と呼ばれる漢。


大胡という地名は今も群馬県にある。赤城山の南側の麓に位置する小さな町だ。私の父方の一族は今もこの地方の周辺に暮らしている。私にとっても身近な地名であり、この小説の主人公がこんな辺鄙な片田舎で生まれたのかと思ったら、なんだか少し嬉しかった。

いきなり話がずれた。。。あいかわらずだが・・・


この物語には、大きな山場が3回ある。

いずれの山場も、普通の小説だったらラストの大団円に相当するほどだ。それが3度もある。たまらん。。。


一つ目の山場。

信綱が十代の頃、元服前、幼名、源五郎と呼ばれていた頃の物語。剣の道を目指すに至った過程の話。

信綱は、自身にとっての最初の剣の師と出会い、その師から鹿島神道流の剣を学び、三日三晩に渡って壮絶な模擬戦闘を行う「立切仕合」をやり遂げる。その直後、師からの言葉によって噴出する感情。イイ場面だ。


二つ目の山場。

兄の死により領主となった信綱。 北条、上杉、武田といった、戦国メジャーによって戦乱に巻き込まれる上州の小国領主として苦悩する。

その白眉は、敗将でありながら、その戦い方や武将としての人となりを敵方に認められ、武田信玄と対面する場面。武田に仕えることを請われながらも固辞する信綱。流浪の身となり、剣の道を究めるために諸国を廻る旅に出たいと申し出る信綱と、他家に信綱を盗られることを心配し、そのリスクを回避するためなら信綱を殺す、とまで言い張る信玄、その二人の駆け引き。そのスリリングなことといったら・・・。


三つ目の山場。

南都の地で宝蔵院流槍術を創始した覚禅坊胤栄。その胤栄と信綱の決戦がこの物語のオオトリに来る。

そこに至るまでには、胤栄の回顧シーンや、信綱が信玄の下を離れ南都に到達する途中で出会った北畠具教との邂逅などが描かれる。

ラストの信綱vs胤栄の対決場面は本当に圧巻だ。真剣と真槍を持ち出しての対決。そのチャンバラ・シーンが良い! ワザを繰り出すに至る二人の兵法者の心理状況を描く場面もイイ! 決戦の結末がさらにイイ!!



余談だが・・・、
なぜ新陰流というのか? 主人公が二人目の師匠から学んだのが陰流だったから。。。

では、「陰」とはなにか? 刹那の際においても心の静謐の中に映しだした自分自身なのだそうだ。

この物語、カッコいいハードボイルドな男達がワンサカ登場する。




そうそう、この作者の2作目、『乱世疾走』も読み始めた。 まだ序盤だが、これまたワクワクする内容のエンタメ小説だ。

北上次郎氏が言っているが、この海道龍一朗という作家、現在のチャンバラ小説界では、荒山徹と双璧を成す、そうだ。