『終決者たち』 | 本だけ読んで暮らせたら

『終決者たち』

THE CLOSERS (2005)
   

『終決者たち』 (上)(下)  マイクル・コナリー/著、 古沢嘉通/訳、 講談社文庫(2007)


ロス市警未解決事件(コールド・ケース)班に復帰したハリー・ボッシュ。その初日、ボッシュがロス市警を離れている間に就任した新本部長から呼び出される。

新本部長が語る “クローザーズ” の意味がイイ。この本部長の長広舌には、ボッシュだけでなく、読者をも痺れさせるものがある。

しかし、これまでの例でいくと、ボッシュは上役と対立するはず。この出だしを素直に受け入れられない私、このまま行くはずがない・・・? と思っていたら、やはり出てきた! ボッシュの宿敵、アーヴィン・アーヴィング副本部長。こいつが絡むと物語は俄然面白くなる。敵は外だけでなく、内部にもいる。


17年前の少女が射殺された未解決事件を追うことになったボッシュ。相棒キズミン・ライダーと共に捜査ファイルを洗い直し、事件の関係者への聞き込みを開始する。その過程で現われる数々の疑問。

上巻は、事件捜査の定石を記した比較的静かな展開である。が、そこはコナリー、ページを繰る手が止まらない。

上巻の終盤近く。ボッシュたちの再捜査が炙り出したのは、当該事件の当時の担当捜査官に横槍を入れていた内部監査課の存在だった。内部監査課といえば、アーヴィン・アーヴィング副本部長の存在・・・・・。いよいよか!? 


さて、この上巻には所々に作者コナリーのお遊びが入っている。

ジェイムズ・エルロイが選んだ(といわれる)写真が額に入れて飾られている刑事部屋。拳銃を横向きにして発射するスタイルを流行らせた「リーサル・ウェポン」のメル・ギブソンを称えるボッシュ。キャシー・ブラックに関する噂。コナリー・フリークの読者は、このチョットしたお遊びに微笑んでしまう。今までの作品に、こんなオチャラケってあったか?


下巻。 DNA鑑定によって明らかにされた事件関係者を追うボッシュたちクローザーズのチームプレイが描かれる。その捜査過程で大きなミスを犯すボッシュ。少女殺害犯に迫る重大な手掛かりを失ったのか? だが、ここから物語は大きく展開しだし、結末に向かってボッシュの推理が輝きだす。


結末にチョットした意外な展開があるものの、物語全体としては極めてオーソドックスな犯罪捜査小説であった。初期の作品では重要なテーマであったボッシュが抱える心の暗闇やトラウマといったものに焦点が当てられることは少ない。大どんでん返し的なギミックもない。

死者の代弁をすることを生涯のミッションと決めたボッシュ。そのボッシュが捜査を通して考える様々な事柄や想いを淡々と追いかけているのが本書の特徴であるといえる。

組織に属する限り多かれ少なかれ、その組織内の政治力学に翻弄される。しかし、組織に属さなければ成せない仕事がある。組織の価値観とは独立した自我を持つ個人であるほど、組織論理との間に葛藤をもたらす。

それでも、その障害を越えて成し遂げるミッション。ボッシュのミッション遂行の意義が静かに語られる。

我々コナリー・フリークは、その語りに痺れるのである。


ボッシュ・シリーズ 、なんだか渋味が増したように感じられた。前作前々作 に比べてプロットのアップ・ダウンは小さかったが、その分、ヒトの心情の細かなヒダを丹念に描いていたようにも感じられた。

私には、“落ち着いたイイ作品”だった。


【追 記】

新本部長のカッコ良さが強く印象に残った。

一方、アーヴィングの処遇はチョット残念。この先、組織内部でボッシュに敵対するのは?