『奇術師』 | 本だけ読んで暮らせたら

『奇術師』

THE PRESTIGE (1995)



『 奇術師 』 クリストファー・プリースト/著   古沢 嘉通/訳  ハヤカワ文庫FT(2004)



出版順とは逆になったが 『双生児』 に引き続きこちらも読んでみた。


2つの時代にまたがった物語。主要キャラクターは4人。

アンドルー・ウェストリーとケイト・エンジャが、20世紀末の現代を生きる人物達である。

そして、この二人の曽祖父にあたるのがそれぞれ、アルフレッド・ボーデンとルパート・エンジャの2人であり、この2人は共に、19世紀末から20世紀初頭に活躍したイギリスの奇術師である。


ジャーナリストであるアンドルー・ウェストリーが、取材に向かう列車の中で、ある女性から彼宛に送られてきた一冊の本を開く。アルフレッド・ボーデンという人物によって記された、奇術・舞台イリュージョンに関する内容の本であった。この本を彼に送ってきた人物こそがケイト・エンジャと名乗る女性であり、アンドルーが向かう取材先は・・・この時点では未だ彼の知るところではないが・・・ケイト・エンジャが暮らす屋敷なのであった。


運命に導かれて出会ったアンドルーとケイト。


アンドルーがケイトに語るのは・・・、

事実としてはありえないはずなのに、なぜか、アンドルーには昔から双子の兄弟がいるのではないかと思えること。彼がケイトの住む屋敷に来たのは、無意識のうちにもう一人の自分(双子の兄弟)に呼ばれたのではないかという気がする、ということ。


ケイトがアンドルーに語るのは・・・、

彼女がまだ幼かった頃のある晩に、一人の男が息子を連れてこの屋敷を訪れたこと。彼女の両親と男との間に諍いが生じ、なぜか男の息子が彼女の父親によって殺されたのではないかと思えるような出来事があったこと。


アルフレッド・ボーデンが記した本に書かれているのは・・・、

19世紀、彼自身の生い立ちと半生。彼の奇術・イリュージョン、とりわけ彼の最大の演目とされた“新・瞬間移動”と呼ばれる、一瞬にして同一人物を異なる場所に出現させる画期的なイリュージョンについて。そして、彼が反目したもう一人の偉大な奇術師ルパート・エンジャとの間に生じた確執について。


ケイトの曽祖父であり、もう一人の奇術師ルパート・エンジャが記した日記に書かれているのは・・・、

ルパート・エンジャの生い立ちと半生。アルフレッド・ボーデンとの確執・抗争について。さらに、アルフレッド・ボーデンの演目“新・瞬間移動”に対抗して、ルパートがアメリカの科学者ニコラ・テスラの協力を得て開発した新イリュージョン“閃光のなかで”に関する秘密。ボーデンの“新・瞬間移動”のトリックを見抜けなかったルパートは、異なるトリックで同一人物を瞬間的に他の場所に送るイリュージョンを完成させたのであった。


この物語の大部分は、アルフレッド・ボーデンの著書とルパート・エンジャの日記という、テクスト内テクストによって展開される。この100年前の人物達による語りを挿んで、物語冒頭での、現代パートを受け持つ2人の人物による語りと、最終章で再び現代パートに戻った部分で、100年前の二人の奇術師たちの秘密が現代にまで引き及ぼす影響と幻惑が、物語全体として見事に結実する。


100年前の二人の奇術師たちの、それぞれのイリュージョンに懸けた情熱と、互いに反目する者同士の意地のぶつかり合い・・・・。読み始めた当初、私は、そんな人間模様を描いた場面に引き込まれた。しかし、プリーストの構想する物語としては、人物を描く場面など、瑣末で、部分的なひとコマにしかすぎないのかもしれない。

それよりも、人間一人を瞬間的に別の場所に現出させるというトリック、・・・それも2通りの異なる方法による・・・、その大掛かりなイリュージョンに隠された謎を、物語り全体のプロットに秘められた謎とリンクさせて記述する様・・・。 580ページにも渡る、壮大な、奇術的な記述を楽しむことが第一なのかもしれない。



【追 記】

巻末の解説者によれば、原題:PRESTIGE には、名声、威光、幻惑、奇術、魔法、魅惑、・・・・などの意味があるらしい。この物語の題名にはピッタリだな、とも思った。


『奇術師』も、『双生児』も、プリースト作品は、終始流れる独特の雰囲気と不思議な物語展開の妙味さを味わうことができる。