『生物と無生物のあいだ』 | 本だけ読んで暮らせたら

『生物と無生物のあいだ』


『生物と無生物のあいだ』  福岡 伸一/著  講談社現代新書(2007)

海岸、波打ち際に落ちている貝殻と石コロ。生物と無生物。ヒトは両者の違いを見分ける。


「生物とはなにか? それは、自己複製を行うシステムである。」

20世紀の生命科学が到達したひとつの答えである。

生命を定義する、この一つの規定がこの本の冒頭で紹介される。

しかし・・・・・、

生命の定義が、たった一つの規定で表せるのか???

著者は経験(失敗)から、生命の本質はこれ以外の別のところにも・・・、別のダイナミズムが存在しているのでは・・・? と考える。。。


この惹き付けるイントロダクションを読んで・・・、そこからは一気呵成だった。



ときに、科学的に偉大な発見、その発見に至るエピソードなどが語られる場合、その発見者とライバル・周辺人物たちの人間ドラマなどがミステリー小説に比されることがある。

この本の前半部は、ワトソンとクリックによるDNAの二重螺旋構造の発見までに至るいろいろな話が主であり、ワトソンとクリックに先んじて遺伝子(当時はこう呼ばれてはおらず、形質転換物質と云われていたらしい)の存在を予言していたオズワルド・エイブリーや、ロザリンド・フランクリンという女性学者の功績(X線によるDNA結晶の解析)や、ロザリンドの功績を掠め取った学者のことなどが描かれている。これが結構面白い。

さらに、これらの話の前段に、日本ではお札の肖像画にまでなっている野口英世のアメリカでの散々な評価などにもページが割かれており、これまた面白い(野口英世の評価については、子供時分に読んだ伝記の内容とはまったく違うといってもよい)。

非常に文章が上手い。・・・だけでなく、話の構成が実に上手いのである。

著者自身がニューヨークのロックフェラー大学に勤務していた頃の経験やエピソードを絡め、そこから、あまり有名ではないかもしれないが、科学の発展の上ではエポックメイキングな発見をした科学者の功績や逸話に繋げていく。


そして・・・、

DNAの二重螺旋構造発見に至るまでの様々な学者たちの逸話を描いたここまでの話の最期に、1933年にノーベル物理学賞を受賞したシュレーディンガーの 「なぜ原子は(生物の体の大きさに比べて)そんなに小さいのか?」 という疑問を掲げ、いよいよ、この本の核心部分へと進んで行く。



第8章「原子が秩序を生み出すとき」で、生命を定義し得るもう一つの規準が披露される。

我々の身体は原子に比べて余りにも大きい。なぜ、そんなにも大きい必要があるのか? 極めて単純な疑問である。

そして、この単純な疑問に答えることが、生命を定義するもう一つの規定へと繋がる・・・。

そのキーワードは・・・、

ブラウン運動と拡散。原子の平均的なふるまい。誤差率の低下。平方根の法則。負のエントロピー。代謝の持続的変化。絶え間なく壊される秩序--->動的平衡(Dynamic equiliblium)。不可逆的な時間の流れ。


最近出た科学系新書の中ではかなりエキサイティングな一冊。 お薦めです。



(追 記)

この本のところどころに出てくる、著者がかつて暮らしたニューヨークやボストンという都市を形容する際の筆は、エッセイとしても一流だ。特に、ニューヨークの都市が発する音を表した箇所は、非常にカッコいい。