『全核兵器消滅計画』 | 本だけ読んで暮らせたら

『全核兵器消滅計画』

全核兵器消滅計画

 中嶋 彰/著、講談社


書店で見たときはトンデモ本かと思いました。


ところがドッコイ、本気で世界の核兵器消滅を考えているヒトが日本人物理学者にいるそうです。しかも、その方、日本の素粒子物理学の総本山、高エネルギー加速器研究機構の機構長を10年以上勤めたというほどの人だそうですから、たいした方なのでしょう。物理学業界での業績も申し分ないそうです。


この本の著者は、その物理学者の紹介をイントロダクションに、1章、2章で、

広島・長崎への原爆投下について

その原爆を開発したマンハッタン計画について

マンハッタン計画に関与した学者たちについて

原爆・水爆・核分裂・核融合の原理について

説明します。


そして、その後、3章から、いよいよ本題です。

3章は、核消滅構想をブチ上げた物理学者・菅原寛孝氏についての詳細から始まります。


物理学者・菅原氏が考える核を消滅させるための重要な原理の1つが、“未熟爆発”です。未熟爆発の状態というのは、大規模な核爆発ではなく、ごく小規模な爆発しか起こらないで、爆弾がバラバラに分解してしまうそうです。

世界中に格納される核兵器に、この未熟爆発を意図的に生じさせるべく、ニュートリノ(小柴東大名誉教授がノーベル賞を貰った、あのニュートリノです)を浴びせるそうです。

このニュートリノの束(ニュートリノ・ビーム)を打ち込む装置は、核兵器が格納されている場所とは離れていても構わず、理論的には地球の反対側からでも可能だということです。

核爆弾の被害を受けた日本人からしてみれば、まさに夢のようなテクノロジー!?


このように、この本の感心すべき点は、核兵器を消滅させる方法について、理念・理想だけを語っているのではなく、手段・装置・原理・課題などを具体的に語っているところです。


しかし、この夢のようなテクノロジーを実現するためには、まだまだ課題が山積しています。

ニュートリノを照射するためには超高エネルギーが必要で、そのようなエネルギーを持つニュートリノを作り出すためには、一周1000kmの常識外の巨大加速器が必要となること。

加速器を小型化するためには、強力な超伝導磁石の実用化が必要となること。

加速器の建設資金

ニュートリノが各物質にぶつかって変化する中性子も人体には危険であること。

巨大加速器の建設が可能になったとして、誰が管理するのか?

などです。


これらの課題については、全核兵器消滅計画の発案者である菅原氏自身も承知しています。この本の著者もキチントそこのところを説明しようとしています。

課題を列挙し、その課題の解決・対策のための方針案も挙げています。課題解決に掛かる期間や費用についても超概算ですが算出しています。


「3章:核消滅構想」、「4章:新構想の課題」、「6章:核消滅構想の未来」を繋げて読めば、それはまさに“全核兵器消滅計画のフィージビリティ・スタディ”とでも云えそうな技術レポート、あるいはプレゼンテーション資料になっています。



さて、このような大それた提案が陽の目を見る日が来るのでしょうか?

素人の私がチョット考えただけでも、この本に挙げられていない課題がまだまだあるように思いました。例えば、核兵器にニュートリノを浴びせて小爆発を起こさせてバラバラにしたとして、その破片が有していると思われる放射性物質の処理はどうするのでしょう?地下深部に格納されていたとしても、地下水などによる生物圏内への放射性物質の流出はないのでしょうか?(このような課題は、現実の放射性廃棄物地層処分問題と同様の課題かな、と思います・・・)


しかし、いろいろな課題が山積しているとしても、その課題が明らかになっているということ自体が、もしかすると計画の実現する可能性もゼロではない? と思わせてくれるような内容でした。信じたい・・・という気持ちが強いのかな?